平成23年6月4日に日本人間関係学会関西地区会第30回記念研究会を開催しました。
私が、同地区会の会長として、記念シンポジウムを主宰したので、茲に震災支援の一環として、ご報告致します。
記念シンポジウム:「東日本大震災への復興支援について」
3.11の東日本大震災は、翌日の長野県北部と新潟県を震源とする地震と併せ1都9県に亘り災害救助法が適用される広範囲の巨大災害となり、且つ根こそぎ何もかも奪い盡した津波と広島・長崎の原爆とも思える福島原発が復興を大きく遅らせています。放射線の影響と被害は全国、否、世界に及び、先行きを不透明にし、生活不安を更に増大させています。この様な事態から、様々な民間レベルの支援活動も強く求められているので、この巨大震災への復興支援をテーマにシンポジウムを開催してはとの案が承認され、京都ノートルダム女子大学のご協力を戴き、そして同大学を会場として記念シンポジウムの開催となった次第です。
今回のシンポジウムは、「復興支援」に焦点を絞り、東日本大震災の被災状況についての報告と併せて16年前の阪神・淡路における震災復興の経緯を含め、支援に向け新たな視点と認識を得て、今後の活動に反映することを目的に開催しました。
シンポジウムは、三好明夫コーディネーターの挨拶に始まり、各パネリストの紹介の後、私からも挨拶と趣旨説明をし、次いで各パネリストから以下のように順次報告と提言がなされました。尚、約百名の方々のご参加を頂きました。
『引き裂かれるコミュニティ、踏みにじられる尊厳
-Fukushimaで取材した東日本大震災-』
石川威一郎氏(河北新報東京支社編集部)
石川氏は、この5月末まで福島県郡山市勤務であったことから、この巨大地震復興の大きな妨げとなっている原発事故から、まさに棄民状態に置かれているFUKUSHIMAの被災状況の時系列に沿った報告があり、目には見えずとも生命と健康、そして生活に影響著しい放射線被害の現状と対策の進捗について、また情報過疎となっている「打ち切られた地域」の経済並びに人間関係情況について報告された。
その背景には自分たちは享受することのない核による電気エネルギー問題があり、土地を奪われ生活の術と糧を失い、それでいながら避難所で情報不安・先行き不安・生活不便に置かれ、また他府県に疎開し差別といじめを受ける子どもたち、加えて風評被害と進まない遺体の収容と行方不明の探索の実情が報告された。
寒い・暗い・貧しいのイメージ修正のために何ができるか。リスク回避のための他の地域での買いだめが、見捨てられた人々に更に追い打ちをかけている。こんなところからも我々の支援は始めることが出来る、との指摘もなされた。
『石巻避難所での支援活動―東日本大震災から2ヶ月―』
奥村務会員(三重県心のケアチーム第14班・特定医療法人北勢会北勢病院)
心のケアチーム第14班の平成23年5月23日〜26日(4日間)に亘る、今、被災地である宮城県石巻市・鹿妻地区・稲井地区・桃生地区・河南地区で起きていることとは?をテーマに(1)避難所訪問・被災者自宅訪問と(2)消防署員面接を通じての活動報告であった。
(1)避難所訪問・被災者自宅訪問
百名以上の避難所には自衛隊の炊き出しがあるが、それ以下の所には提供されていない。避難所はプライバシーへの配慮が不足していると考えられるが、同時に孤立の回避ともなっている。ボランティア(医療、看護、介護、リハビリ)が多く滞在し、手厚い介入がなされているが、マスコミのカメラが気になって仕方がないとの訴えもあった。
今回の支援での自宅訪問までの流れは、①各県や団体より派遣された保健師によって、ケアが必要な被災者の洗い出しを戸別訪問にて行う。②石巻市役所の保健師が、必要なケアを選別して各チームに依頼する。③保健師より、またはケアチームより事前に訪問の調整を行う、という手順であった。
(2)消防署員面接
初面接者、責任者にある人ほどトラウマ反応が目立った。
・職員は非番でも津波の被害が大きかったところでの活動を続けている。
・震災に伴う混乱や缶詰状態での勤務、これに伴うストレスや疲れなどで
爆発したものが上司への直接的突き上げとなって示されることもある。
・被害がより甚大な場所で勤務している他の消防隊との比較をしてしまう。
周りからも「運が良かった」等と言われると、割り切っているつもりでも、
引っかかるところがある。
・6月11日には死亡確認がなされる。それまでに一体でも多くの遺体を
捜索しなければならないとの使命感が強い。
・捜索活動がいつまで続くか分からない。
・指揮官として現場に行けない苦しさ、もどかしさがある。
・生命の危機と不安を乗り越えて、生活への不満と現生活での満足が同居、
拭い切れない罪悪感、残される不満、頼ることへの抵抗、今後の不安、
漠然とした不安等が特徴として見られた、とのことであった。
『復興支援のための関西経済の役割』
明野欣市氏(ITガイドシステム推進協議会・ICT利活用力推進機構)
この震災により人的・経済的基盤及び信頼関係が揺らいだ。日経平均は直後の低下から戻しつつあるが、早い立ち直りが、そして先ず短・中期的及び持続可能な自律的成長の実現が求められる。
元々、関西7府県の経済規模は、全日本の16%であったが、過密、過疎化への施策から地域分散が図られ、関西、就中、大阪は地盤沈下した。しかし、今回の地震により首都圏集中の弊害が再認識され、そこで関西発の先端産業の育成による全国に波及する活性化が急務となった。産業創出のモデル構築が不可欠であり、また新環境エネルギーの取り組み、更には世界に啓く関西として交流を広げることにより、新たな価値を生み出すことが支援の核となる。
(1)関西経済の特徴
〈関西地域の強み〉
1)多様な製造業の集積、 2)学術・研究機関の集積、 3)文化・歴史・コンテンツの集積、4) 豊富な産業インフラ、5) 関西で進む先端産業等の大規模設備投資
〈関西地域の弱み〉
1)産業構造の変化と製造業の集積の相対的低下、 2)首都圏への中枢機能・人材の流出、 3)土地の制約、 4)不十分な域内連携、 5)インフラの利便性の低さ、 6)厳しい地方自治体の財政状況
〈強みを発揮し、弱みを克服するための課題〉
1)集積効果を活かした競争力向上、 2)世界市場化に対応したネットワークの形成、
3)広域連携による効率的なインフラ整備と広域的産業政策の展開
(2)関西経済の目指すべき方向:日本・世界経済の再生と新たな産業創出モデル拠点となる
〈そのための基本的方向〉
1) 強みを最大限に発揮できる分野を見定め成長を促進、2) 国内外の企業間や産学官の新たな関係を構築、戦略的なオープン・イノベーションを推進、3) 環境・エネルギー等有望分野において最先端モデルとして世界に発信、4) 広域連携によるハード・ソフト両面の基盤整備の推進、5) 世界に開く関西として世界の需要を意識し世界市場の獲得を目指す。広く世界から人材・企業を招き、交流により新たな価値を生み出す原動力とする。以上の提言がなされた。
『復興支援への阪神・淡路大震災からの考察』
早坂三郎会員(財団法人福山職業指導学振興財団・芦屋大学)
復興支援について、平成7(1995)年1月17日の阪神・淡路大地震からの災害復興活動過程状況、特に仮設住宅における高齢者の独居死と人間関係並びにコミュニケーションを基軸にした考察と提言をした。
・復興過程の行動特徴からの時期区分:第1期パニックと集団形成期、A被害
発生直後の緊急パニック期、B物理的近接性を基軸とする集団形成期・
第2期悲しみと否定の時期・第3期自我の回復期・第4期復興期とした。
・仮設時住宅での高齢化と独居死:仮設住宅での1996年2月末の高齢化率は
31.2%となり、その中で死後長期間発見されなかった独居死が相次いだ。
死因は病死が主で、その背景には住環境の変化や食事の悪化からもたらせ
られた災害ストレス、不安、鬱的傾向、アルコール依存等があった。
独居死の割合は、自殺・事故死を含め男性が72.0%で、60歳代男性が
突出し、以下50・70・40歳代男性の順であった。
・地域への「粘着度」と動機づけ:仕事・学校・病院など慣れ親しんだ人間
関係等の諸要因が震災前の知悉した居住地域への「粘着度」を高めていると
考えられた。逆に、コミュニティの分断と粘着度の低下は希望と動機づけを
低めていた。
高齢化率が3割を超える地域が増え、震災仮設住宅と同じ状況にあって、
匿名性の高い集合住宅はまさに阪神大震災の再現状況となることを十分に
認識し、厳しい環境にある独居死または孤独死、そして自殺への対応策を
講じなければならない。
これまで、PTSDとか適応障害などのようにストレスによって心身の疾患が発症すると考えられてきたが、「セルフケアー」への支援とか「レジリアンス(resilience跳ね返す力)」モデルが注目されている。被災者を弱者とするのではなく問題を跳ね返していこうとする人たちとの認識もち、「語られることを聴くこと」により基本的信頼と人間関係を構築しなければならない。
社会的役割や経済力の喪失などが無感覚などをもたらし、不安と悲しみや悲嘆・絶望感は混乱や恨みとなり、やがて個人差はあるものの新たな洞察により回復や他者支援へと推移する傾向が観察されたが、そこに他者を支援しようとする動機付けと目的・手段の認識の変容が自我の回復に繋がるとの指摘をした。
この後、各パネリストの提言内容の総括及びコメントと質問が三好コーディネーターからあり、各パネリストからの回答と補足説明がなされ、終了しました。